2010年02月27日

アメリカの住宅を見てきた・・・27

 天下のフランク・ロイド・ライトを、住宅のプロではなく、デザイナーと語ってしまった。たかだかバーンズ・ドール邸を1時間弱しか見学していないのに。その後1年間も悶々と考えはしたが、その結論は変わらない。逆にそれだからこそ、偉大であると思う。むしろプロと称している人の技術論が一番聞きたくない。技術はどんどん進化する、その時その時のプロと付き合えばよい。私には、ライトは技術論を中心に語っていたとは思えないのである。隙間なんてあったっていいではないか。
 それだけに、彼が描いたバーンズ・ドール邸の住宅のデザインというエッセンスを抜き出してみたい。難しいことであるが、気づかされたことは大きい。

 その気持ちを表現すると、住宅は物語であると思う。いや、思わされた。そしてまさにこれこそが、注文住宅の神髄でもある。
burns_holyhock バーンズ邸のデザインには一つのモチーフが取り入れられている。それは、「ホリーホック」。日本名で言えば「タチバアオイ」と聞いた。
 もっとも基本的な話で、このホリーホックにこだわったのは誰なのだろうか。単純に言えば、施主であるバーンズ・ドールかライト以外にはいない。現地説明では、施主である。
 それが形に現れているのであるから、作るまでの間に色々な話をしたに違いない。少なくてもライトが大切にしてあげたいと決意するほど時間的にコミュニケーションをとったからこそ、こうして形になった。ライトはホリーホックの花を、この住宅のデザインの中心に据えて物語を作らなければ完成しないと思ったのである。
 おそらく最初の1棟からとてつもなくコストが掛かったに違いない。それでも決裂するまで続けたのは、この家のホーリーホックの物語を施主が気に入ったからに違いない。その意味では、この物語はとても大切なものであったろう。

 ここでは書き出しから物語と書いてしまったから、そのままの言葉を使っているが同じような意味で、モチーフも使っているし、敢えてビジョンと言っても良い。おそらく世の中のデザインに関するものには、これを欠かすことはできないであろう。そのことをライトはバーンズ・ドール邸で教えてくれた。
 そして、このことはこれまでみてきたラスベガスに通じる。


 このバーンズ・ドール邸を見ていて、どれだけ間取りが大切であるかと考えた。間取りはデザインになっているとも思う。こう書くと、間取りの大切さを書いているように思えるが、今の真意は全く逆である。ライトには間取りへのこだわりよりも、ストーリー・モチーフ・ビジョンという目で住宅を見ていたのではないかと思う。そのように考えると、現代の日本の家づくりがまやかしのように思えてきた。

burns_entrance


 一番ひどい状態にあるのは、先にも書いたが、プロと称して耐震性や断熱性で施主を惑わして住宅の説明をしていることである。残念ながら、あまりにもこのような取り組みの会社が多い。テレビのコマーシャルでも、新聞の原稿でも、そしてチラシでもいくらでも見受けることができる。結果的には、誰でもができること、やっていることを、さも自分だけがやっているかのように見せているだけである。作っている部品メーカーが一般化させれば良いことだ。現実的に現在には最適でも、まだまだ欠けている構造の方式で確認するしかできず、それはとりもなおさず、どのメーカーの住宅も同様の強さであるということを意味する。広告にごまかされてはいけない。

 次にひどいのは、デザイン住宅である。間取りや形状でデザインと称している。特にひどいのは、結果的には技術と同じでオリジナルの部品を作ってデザインと称している。ライトに習えば、デザインとは施主のストーリーであり、ビジョンであり、それをモチーフにすることである。しかも間取りは関係ないと思うくらいが良い。間取りは、土地に入りさえすれば良いのである。特に日本の場合は、土地からの制約が多いので、間取りといってもスペース確保だけの話である。間取りでデザイン住宅などあり得ないし、さらには陸屋根にしたり、小窓を並べたり、ツートンのサイディングを使うだけで、デザイン住宅と称するのは信じられない。残念ながら、今の日本の住宅業界はこの表層部でしか、住宅を語っていないように思える。

 いや、そういう見方をしなければいけないと言うことに、気が付いたのである。

 特に注文住宅では、まさにその通りである。ただの間取りの希望を聞いているだけ、仕上げ材や設備の注文に応えているだけでは注文住宅ではない。さらに、住宅の建物としてのコンセプトや、デザイン、物語性があっても注文住宅ではない。それは建築家の作品にすぎない。もっと、もっと難しいことなのである。日本の帝国ホテルを建設しながら、ライトはそこまでの仕事をしていた。建築のデザイナーとしてはプロ中のプロであると思う。
 現代では、そのような注文をできる人も少ないし、受け止めて表現できる人も少ないのだろう。そのような気づきを受け止めると、この一日だけで、大変な勉強をさせてもらった気がする。

 結局は、一般的な住宅は「スペース」だけで良いのである。壁も白ければ良い。結局、予算が掛かるプロに頼むこともできないから、ストーリー・モチーフ・ビジョンは住まい手が考えなければならない。性能や機能や間取りや設備や仕上げ材に、いつまでも時間を割いているわけにはいかないのである。

 ライトの注文住宅とは、そのようなものであったと感じた。



tariru0127 at 14:54│Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!アメリカ住宅視察 

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